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あれこれ

早見あかりさんのあれこれです。

+1でも、と1人でもない

これらのツイートは、本心からのものではありますが、言葉足らずで様々な方が様々な誤解を受けるのは避けたいので補足します。

ももクロをほとんど追いかけていない私には、落選というのがグループの1年間の活動に対して、果たして相応しいものなのか見当もつかないですし、それを受けて「卒業」という言葉を使ったことが適切であったかどうかも判りかねます。

しかし、早見あかりを、もっと言えば早見あかりだけを応援している私個人としては、「紅白卒業」という件に関して、あかりちゃんを絡めて騒ぎ立てる人の気持ちがうまく飲み込めません。

あかりちゃんは今年に入ってからだけでも、映画やドラマ、トーク番組のレギュラーアシスタントと、順調な活躍を見せてくれています。また、来年の仕事も複数決まっています。

そんな彼女を追いかけているので、ファンの私は「楽しい」し、「幸せ」です。

ところが、彼女の夢・目標・約束の一つである(ややこしいところもあるのでぼやかした言い方にしますが)紅白でのももクロとの再会が、今回の「紅白卒業」発言で危ういものとなりました。

それを受けて、ももクロ“と”早見あかりを追いかける人たちから、「六人の約束はどうしたの?」「あかりんが可哀想」という声が上がっています。

確かに私も、あかりちゃんの目標が叶わないのは悲しいです。悲しいですが、それはあかりちゃんの他の目標が達成されない場合と同様に悲しいのです。

例えば、冒頭のツイートにもあるように、かねてよりやりたいと発言していた舞台の仕事が何らかの事情で無くなってしまったとしましょう。それも「紅白」の件と同じよう残念です。「(少なくとも)20歳まではやりたい」と発言し続けていたウレロシリーズが無くなってしまったとしても同じような感情を抱くと思います。

「紅白」の件が危うくなったことで、あかりちゃんのことを「可哀想」と思うのは構わないのですが、彼女の未来に夢も希望もないようなニュアンスでそう言っているのであれば、それは断じて違います。

彼女は一つ一つの目標をクリアして、また新たな目標を設定しています。そしてその目標達成につながるお仕事も既にいくつか決まっています。何より、彼女はこうした現状を「楽しい」と言っています。

そして、そんなあかりちゃんを追いかけるのは、繰り返し言いますが、「楽しい」し、「幸せ」です。

あかりちゃんは決して「可哀想」な存在ではありません。

少なくとも私はそう思います。